今年、一番強く印象に残った出来事は、
ある日曜の午下がり。
交差点で信号を待っていた時のこと。
横断歩道の手前に立って、
信号を見上げていた僕の隣に、
親子がやって来た。
お父さんと、小さな女の子。
小学校の、低学年くらいの子だ。
きっと、どこか公園にでも行って、
遊んできた帰りなのかな。
二人は楽しそうにおしゃべりをしながら、
信号を待つ僕の隣に立った。
僕たちは三人いっしょに並んで立って、
信号を見上げていた。
晴れた日曜の、午下がり。
あざやかな赤い、止まれのマーク。
やがて反対側の信号が点滅を始め、
もうすぐ変わりそうだな、というタイミングで、
女の子がお父さんに、こう言った。
「魔法を見せてあげる」
女の子は手を伸ばし、
目の前の赤信号を指差すと、
ぐるぐる回しながら、じゅもんを唱えた。
りんがりんが、ぶう
こっとこっと、ぶう
信号が、ぱっと青に変わる。
「ことことぶうで、変わった!」
女の子は得意げにお父さんを見上げ、
お父さんは、「すごいじゃん」と驚いてくれた。
僕たちは、三人そろって、横断歩道を渡った。
彼女が、魔法で変えてくれた青信号だ。
信号を渡ると、親子は左へ進み、
二人でおしゃべりしながら、川ぞいに歩いて行った。
僕は右へ進み、一人で海へと向かった。
ただ、それだけのこと。
ただそれだけの、出来事なのだけれど。
けれどもあの時、
確かに、彼女は魔法をかけたのだ。
他でもない、この僕に向かって。
この何でもない一日の、その向こうへ、
ずっとずっと続いていく、すべての未来が、
うまく開いて行くように。
小さな腕をぐっと伸ばして、
ぐるぐると回しながら、
僕のために、
じゅもんを唱えてくれたのだ。
りんがりんが、ぶう
こっとこっと、ぶう