東北ユースオーケストラの東京公演が、いよいよ明後日となりました。
それで、昨年の盛岡公演で経験した出来事を、書いておきたいと思います。
昨年、盛岡公演に行った時のこと。
演奏会場のホールに入ると、舞台の上で、数人の若者グループが演奏していました。
本番のオーケストラの演奏が始まる前に、団員たちが3、4人の少人数グループに分かれて、かわるがわる舞台の上に現れ、一曲ずつ、小曲を演奏していくのです。
これはきっと、団員たちにとっては、リハーサル的な意味合いがあるのだと思います。オーケストラとして、全員揃って演奏する前に、少人数で簡単な三重奏や四重奏をして、会場の雰囲気に慣れるのでしょう。
そしてお客さんたちは、ホールに入った瞬間から、若者たちの演奏を聴きながら、開演までのひと時を、ゆったりと過ごす事が出来るわけです。
いいシステムですね。
それで私も、自分の席について、もらったパンフレットなどをパラパラ見ながら、ぼんやりと、演奏に耳を傾けていました。
すると、何番目かに出てきたグループが、坂本龍一の「Aqua」(アクア)を弾いたのです。
それは高校生くらいの、本当に若いグループでした。
三重奏だったか四重奏だったか、もう記憶が定かでないのですが。
とにかく、弦楽のアンサンブルでした。
それでですね。
その若者たちが弾くAquaを聴いていたら、突然、涙が出てきたのです。
もう、涙が次から次へと溢れて、どうしようもない状態になってしまいました。
なぜそんなに涙が出るのか、自分で全くわかりません。
若者たちは、ただ普通に、Aquaを弾いているだけです。
そしてその演奏は、特に素晴らしく卓越したものという訳ではありませんでした。
どちらかというと素朴で、控えめで、抑制された印象を受けました。
若者の演奏ですから、ところどころ音の伸びが足りなかったり、不安定さを感じさせるところもありました。
でも、その一音一音が、すーっと真っ直ぐ自分の中に入って来て。
どうしようもなく心を揺さぶるのです。
ああ、Aquaというのはこういう曲だったんだ。
そう思いました。
実を言うと、私はそれまで、Aquaという曲があまり好きではありませんでした。
聴いていただければ分かる通り、Aquaというのはメロディが単純で、大袈裟といいますか。ちょっと派手なんですよね。
特に後半のメロディが、聞いていて気恥ずかしさを感じさせるような気がして。
どうも好きになれなかったのです。
でもその曲を、若者たちの演奏する、素朴な弦楽で聞いているうちに。
そして、訳もわからず、涙を流しているうちに。はっきりと分かったのです。
Aquaというのは、こういう若者たちのための曲だったのだと。
Aquaというのは、こんな風に、
自分の未来に漠然とした不安や畏れを抱きながらも、
その未来に向かって真っ直ぐに進んで行く、若者たちの曲なのだと。
そうはっきり分かったのです。
そして、それを弾く舞台上の若者たちの姿は、
きっと、かつての私自身の姿でもあるのです。
その若さは、既に自分の中では失われてしまった物であり、
もう絶対に、二度と手に入れることができない物なのだと。
そんな風に、思い知らされた感じがするんですね。
素晴らしい若さを持ち、無限の可能性を秘めた若者たちが、
舞台に立ち、アンサンブルを奏でている。
そして一方では、そんな若さをもう完全に失ってしまった自分が、
観客席にじっと佇んで、その素朴な音を聴いている。
そんな特別な関係性が、きっと涙を流させたのだと思います。
これは、一年経った今にして思えば、きっとそういう事だったのだなあ、
と思い返す事ができるのですが。
その時には、全く訳も分からず、ただただ泣き続けるだけでした。
観客席の椅子に座ったまま。
やがて、その高校生グループは演奏を終え、
会場のぱらぱらとした拍手を受けて一礼し、ステージを去って行きました。
そして次のグループが、また舞台に現れ、次の曲を演奏し始めます。
私はしばらく、呆然と席に座ったままでした。
一体、自分の中で何が起こって、こんな風に泣いてしまったのか、
全く分からなかったのです。
そして、少し時間をおいて、私は席を立ち、
洗面所で顔を洗って、気持ちを落ち着かせて席に戻ったのでした。
これが昨年、東北ユースオーケストラ盛岡公演で経験した出来事です。
あの高校生たちの演奏は、私が今までに聴いたどんな演奏よりも、
印象深いものになりました。
プロの演奏会では決して得る事のない、貴重なものだったと思います。
昨年も、これについては何度か書こうとした事があるのですが。
その時は上手く書けませんでした。
やはり、時間をかける事で見えてくるものってあるんだな、と思います。
そんな訳で、今年も、東北ユースオーケストラの演奏会が近づいてきました。
今年はもう、盛岡の公演は終わり、東京の公演へ行きますが。
果たして、どんな事を感じる事ができますか。とても楽しみなのです。