今日は朝から雨です。
静かな雨が、ずっと降り続いています。
ぽつぽつと規則的な雨音を聞いているうちに、
ふと思い出したことを書いておきたいと思います。
昨年6月に、山形へ行った時のこと。
赤湯温泉に泊まったのですが。
そこの名物に、「あんびん餅」というのがあるのです。
大福みたいに、あんこが入った丸いお餅なのですが。
大福よりも大きくて、ちょっと平べったくて。
なぜ「あんびん」という名前なのか、わからないのですが。
田中屋さんという、赤湯温泉に昔からあるお店で、
ずっと作り続けられれている、郷土の餅菓子です。
で、そのあんびん餅ですが。
なんとそれを買い求めるお客さんが毎朝、
田中屋さんの前に行列を作るというのですね。
初めてそれを聞いた時、何を大袈裟な、と思いました。
たかが(なんて言ったら怒られますが)餅菓子を買うために、
毎日行列ができるなんて、嘘だろ、と思ったわけです。
それで。
旅館で朝食を食べた後、ぶらぶらと散歩がてら、
田中屋さんへ行ったのですが。
なんと本当に行列ができていて、驚いてしまいました。
(これ、朝の8時前ですよ)
一体この人たちは、なぜ朝からこんな行列を作ってまで、
このあんびん餅を買い求めるのだろう。
そう思いながら、私も行列に加わったのです。
少しずつ、少しずつ、行列の順番が進み。
お店の中に、足を踏み入れます。
お店の中には椅子が用意されていて。
そこに座って、順番が進むたびに椅子を移って行くのですが。
そうして待ち続けているうちに、
だんだん様子がわかり、謎が解けて来ました。
この、あんびん餅。
完全な「受注生産システム」なんですね。
カウンターの上に飾られた紙にも書いてありました。
「作りながらの販売営業を致しております」
どういうことかと言いますと。
お客さんがお店に入り、カウンターでお姉さんに注文します。
すると、お姉さんが扉を開けて店の奥に入っていきます。
そこから先は見えないので、想像ですが。きっとお姉さんが、注文の個数を職人さんに伝えて。そして、それから作り始めるのです。
普通の和菓子屋さんは、違いますよね。
例えば大福だったら大福を、あらかじめ作っておいて。それが店頭に並んでいます。
でも、田中屋さんは、そうではないのです。本当に、一人ひとりから注文を受けてから、その数量の「あんびん餅」を作り始めるのです。
しかもですね。その一人ひとりの注文の数が、半端ないのです。
みんな10個とか20個とか、そういうまとまった数を、どーんと注文します。
きっと、ご家族みんなで食べる分を注文されるのでしょう。
スーツ姿の方もいらっしゃったので、取引先へのお土産とか、そういう用途もありそうです。
まあ、そんなわけで。皆さん数十個を注文されて。そして出来上がるのを、お店の中で、じ~っと待つわけです。
なるほど、これは行列ができるわけだ。と、納得しました。
それで少しずつ順番が進んで、ようやく私の注文になりました。
なにしろ一人なので、1個でいいのですが。でも皆さん数十個を、どーんと注文されている光景を目の当たりにしているので。なんだか1個とは言いづらいような気もしまして。
ちょっと考えて、2個にしました。
注文が済んで、また椅子に腰掛けて待ちます。
まだ前の人、その前の人もいるので、けっこう時間がかかりそうです。
それでも注文を終えて、ちょっと心に余裕ができまして。
店の中をぼーっと見回したりしていたのですが。
そのうちに、ふと、店の中に響いている音に気づきました。
注文を受けたお姉さんが、扉を開けて、店の奥へ行くのですが。
その扉の向こうから、音が聞こえてくるのです。
こととん、こととん
乾いた音です。木と木が触れ合う、軽い音。
ちょっとした木の棒で、テーブルを「こん」と叩くような。
そんな軽い音が、絶え間なく店の奥から聞こえてきます。
こととん、こととん
これはきっと職人さんたちが、木の棒でお餅を伸ばしたりする音なのでしょう。
でも、しーんと静まり返った店の中に、木の音だけが小さく響いているので、
なんだか不思議な雰囲気で。
童話の「小人の靴屋」のような感じがしました。
小人がみんなで小さな木のハンマーを持って、靴を修理しているような感じ。
こととん、こととん
今この扉を開けたら、小人たちが一斉に振り向いて、ハンマーを放り出し、
わ~っと逃げ出すのではないか。だんだん、そんな気がしてきます。
そんな想像をしているうちに、私の注文した2個が出来上がりました。
こんな風に包まれています。包装紙もいい感じです。
店の外へ出ますと、さっきよりも行列が伸びていました。
8時15分だったので、私が行列に並んでからお店を出るまで、ちょうど15分くらいでした。
出来たてのあんびん餅を旅館へ持ち帰って、お茶を淹れて食べました。
なにしろ手作り、そして出来立て。
本当に柔らかいお餅で、とても美味しかったです。
ちょっと大きそうに見えましたが、軽い甘さで。
ぺろっと2つ食べてしまいました。
これが、あんびん餅の思い出。昨年6月のことでした。
それで、話を戻しますと。
今朝、布団の中で、ぽつぽつという規則的な雨音を聞いているうちに。
ふと、思い出したのです。あの音を。
こととん、こととん
いつかまた、行って食べてみたいと思います。
あの柔らかくて美味しい、あんびん餅を。
こととん、こととん