これは今から60年ほど前に、東京でピカソに会った、静岡の女子高生の話です。
女子高生はその後、中学校の美術教師になり、
私は中学1年の時に、そのK先生の授業で、ピカソの話を聞きました。
もう40年前の話ですが、その時の記憶をもとに書いています。
その1.はこちらです
ピカソに会った静岡の女子高生(その1)〜 あなたはなぜ、こんな変な絵を描くのですか? - ぼっこメモ
K先生が高校生の時、ピカソが日本にやって来ました。
今ネットで調べると、それはどうやら、1964年のようです。
この年、日本でピカソの展覧会が開かれています。
きっとそれに合わせて、ピカソ自身も来日したのでしょう。
ちなみにこの時、ピカソは83歳ということになります。
さて。
ピカソが日本に来るとニュースで知った、高校生時代のK先生は、色めき立ちます。
ピカソ来日!
千載一遇のビッグチャンス!
この機会を逃してなるものか。
彼女は、
なんとかしてピカソに会いたい。
ピカソに直接、自分の疑問をぶつけたい。
あなたは一体なぜ、こんな変な絵を描くのですか?
と聞いてみたい!
その思いでいっぱいになります。
でも、そんなこと言っても彼女は、16歳かそこらの、ただの小娘です。
おまけに、東京に住んでいる訳でもない。
静岡にいる、小さな16歳の女の子が、世界的な巨匠のピカソにいくら会いたいと願ったところで、叶う訳がありません。どう考えても、不可能です。
ところが、K先生は大胆でした。
その一心で、東京へ行くのです。
当時のことですから、新幹線ではありません。
東海道線で、長い時間、ごとごと揺られながら、静岡から東京まで行ったのです。
確か、夜行列車を使って、朝に東京に着いたのかな。
K先生は、そんな道中の話も生き生きと語ってくださったと思うのですが。
残念ながら、よく覚えていないのです。
とにかく、高校生だった彼女は、東京に着きました。
そして、どうしたか。
ピカソが宿泊していたホテルに行ったのです。
その時、ピカソが帝国ホテルに泊まるということを、
彼女は新聞で読んで知っていました。
帝国ホテルといっても、もちろん、今の帝国ホテルではありません。
フランク・ロイド・ライトが設計した、どっしりとした、昔の帝国ホテルです。
いわゆる「ライト館」ですね。
それで彼女は帝国ホテルへ行き、ホテルの前で、じっと待ち構えたのです。
待ち伏せ、「張り込み」ですね。
なんとも大胆です。というか、思いっきり不審者です。
今だったら、きっと警察に通報されて、すぐにつまみ出されてしまうことでしょう。
でも幸い、当時はそれほど警備が厳しくなかったようで。
彼女はじっと、ホテルの入り口で、ピカソを待つことができました。
小柄な少女が、一人でホテルの前でじーっと立っているわけですから、ホテル側から見たら、明らかな不審者です。怪しいこと、この上ありません。
色んな人から、何をしているの?と声をかけられます。
たとえばホテルのドアボーイさんから、
「君は何をしているの?」と聞かれて、
「ピカソに会いに来たの」なんて答えたりして。
「どこから来たの?」
「静岡から」
なんて話をしたり。
そんな感じです。
色んな大人から、「何をしてるの」と聞かれて、
その度に、高校生のK先生は、
「ピカソを待っているの」と答えたのだそうです。
とにかく、彼女は帝国ホテルの前で、ひたすらピカソを待ち続けました。
なにしろ、ホテルからいつ出てくるのか、
それとも、どこか外出先からホテルに帰ってくるのか、全くわかりません。
だから、一時もホテル前から離れるわけにいかないのです。
飲まず食わずで、ひたすら、じーっと、じーっと、待ちました。
朝から昼になり、夕方になり、暗くなるまで。
とにかくじっと待って、待って、待ち続けたのです。
そしてついに、その時が来ました。
ピカソが現れたのです!
夕暮れの中、どこか外出先から、車で帰って来たようで。
帝国ホテルの前に止まった一台の車から、ピカソが降りて来たのだそうです。
その姿を見た瞬間、K先生はもう、いても立ってもいられなくなり、
思いっ切り大きな声で、
ピカソ〜〜!!!
と叫びながら、彼に向かってまっしぐらに走って行ったのだそうです。
すごいですよね。
K先生は教壇に立ち、中学1年の私たちに向かって、
大きく両手を広げ、その時の様子を、
ピカソ〜〜!!!
と叫んで再現してくれました。
その叫ぶ姿を、私は忘れることができません。
さて、そうやってピカソに向かって駆け寄っていった彼女。
もちろん、取り巻きの大人たちに、簡単に取り押さえられてしまいます。
バタバタと暴れる彼女は大人たちに遮られ、体を抑えられ。
そしてピカソは、そんな風に取り押さえられているK先生の目の前を、
不思議そうな表情をして通り過ぎ、
ホテルの中へ入って行ってしまったのです。
万事休す。
ピカソに会いたい一心で、せっかく静岡からやって来て、
一日待ち続け、ようやく会えたと思ったのも束の間。
あっという間に取り押さえられてしまい、一言も話すことができず、
あっけなく終わってしまったのです。
彼女は呆然として、その場に泣き崩れてしまいました。
しかし、この後、奇跡が起こったのです。