ぼっこメモ

メモですから、ほんと。メモです。

ピカソに会った静岡の女子高生(その3)〜 感じたものを、感じたままに

 

これは今から60年ほど前に、東京でピカソに会った、女子高生の話です。

彼女はその後、中学校の美術教師になり、私は中学1年の時に、そのK先生の授業でピカソの話を聞きました。その記憶をもとに、書いています。

 

その1.はこちらです

ピカソに会った静岡の女子高生(その1)〜 あなたはなぜ、こんな変な絵を描くのですか? - ぼっこメモ

 

その2.はこちらです

ピカソに会った静岡の女子高生(その2)〜 帝国ホテルの張り込み作戦 - ぼっこメモ

 

 

結局、ピカソには会えなかった・・・。

呆然とした思いで、夕暮れの帝国ホテルの前に座り込み、

途方に暮れていた、女子高生のK先生。

 

やがて、そこへ一人の男性がやって来ました。日本人の男性です。

なんとその男性は、ピカソの通訳さんでした。

 

先ほど、大人たちに取り押さえられてバタバタと暴れるK先生の目の前を、

不思議そうな顔で通り過ぎて行ったピカソ

ピカソはホテルの部屋に入ると、通訳の男性に、

「玄関にいた小さな女の子は、一体、何を叫んでいたのだろう。気になるので、様子を見て来てくれないか」

と話したのです。

つまりその通訳さんは、なんとピカソに頼まれて、K先生のところに戻って来てくれたのでした。

 

通訳さんからその話を聞いて、K先生は気を取り直しました。

そしてその場で、思いの丈を話しました。

自分は静岡から来た高校生である事、

ピカソの絵が大好きである事、

でもどうしてあんな変な絵を描くのかわからず、直接本人に質問したいと思って、

朝からずっとホテルの前で待っていた事。

そんな事情を、堰を切ったように話したわけです。

 

通訳さんは彼女の話を聞き終えると、こう言いました。

なるほど、そういうことだったのか。

それじゃあ今から、ピカソに話をしてくるよ。

ちょっと待っていてくれるかい。

 

もちろんです。

意外な展開に驚きながら、K先生は、一縷の望みにかけて、その場で待ちました。

 

帝国ホテルの中へ入って行った通訳さん。

やがて再び、ホテルから現れると、K先生に向かってこう告げたのです。

ピカソが、君の話を聞きたいと言っているよ。今から一緒に、ピカソの部屋へ行こう」

通訳さんからそう聞いた彼女は、もう天にも昇る心地でした。

こうしてK先生は、なんとピカソ自身に許されて帝国ホテルの中に入り、部屋に案内されたのです。

まったく、奇跡のような展開です。

 

静岡から上京した女子高生が、帝国ホテルの廊下をエスコートされて歩くのは、一体どんな気分だったでしょうか。

確かK先生は、

「帝国ホテルの廊下はねえ、すっごい、ふかふかのカーペットなんだよ」

と話してくれたような記憶があります。

話を聞いていた中学生の私たちにとっては、そもそも「帝国ホテル」なんていう名前からして、雲の上のような威厳を持った響きに聞こえたのだと思います。

 

さて。

そんな風に、通訳さんにエスコートされて、ピカソの部屋へと案内された、女子高生のK先生。

部屋に招き入れられて、憧れのピカソに、ついに、本当に会うことができました。

きっと初めは、緊張で心臓が飛び出そうだったに違いありません。

まともに顔も見れなかったのではないでしょうか。

そしてピカソは、私たちが今写真で見るような、

あの、ぎょろっとした大きな目で女子高生のK先生を見つめ、

静かに彼女の話を聞いたのだと思います。

 

f:id:Bocco:20220403134707j:plain

 

そうしてK先生は、ついに念願を叶えることができました。

ずっと前からの疑問を、彼女の口から、

ピカソ自身に、しっかりと伝える事ができたのです。

 

あなたは、なぜあんな奇妙な絵を描くのですか?

一体、何をどういう風に見ると、あんな不思議な絵になるのですか?

 

通訳さんは、彼女のこのシンプルな疑問を伝えるのに、苦労したかもしれません。

或いは、この子供らしい率直な思いは、ピカソにとっては何度も聞かれて答え慣れた質問だったかもしれません。

とにかく、ホテルの部屋で、彼女のこの疑問にじっと耳を傾けたピカソは、大きくうなずきました。

そして、こんな風に、彼女に語って聞かせてくれたのだそうです。

 

君たちはどうして、物事をあるがままに見て、感じたままに描かないのだろうか。

見たものを、ただそのままに描いても、それは何にもならない。

それよりも、何かを見た時に、自分がそこに何を感じたか。

その感じたものを、感じたままに表現する事の方が、ずっと大切ではないだろうか。

私は、見たものを見たままに描くのではなく、

自分がそこに感じたものを、感じたままに描いているのだ。

そうやって素直に感じたままに描いたものが、

結果的に、ああいう絵になっているのだよ。

 

これが、ピカソが語ってくれた事だそうです。

 

こうして彼女は、念願だったピカソに会うという夢を叶え、ピカソの絵に隠された謎を、彼自身の口から聞き出す事ができたのです。
まったく、すごい事ですよね。

こんな名も知れない日本の少女に、真摯に向き合い、真剣に語ってくれたピカソも、本当に素晴らしい芸術家だなと思います。

 

そして、その後。

ピカソとの語らいを終えたK先生に、ピカソ自身から、さらに素晴らしいプレゼントがありました。