もう一度おさらいしますね。
空間は、素領域(そりょういき)と呼ばれる、非常に細かいブツブツで構成されています。
その素領域の中に生じたエネルギーが素粒子(そりゅうし)となって、素領域から素領域へと、パチンコみたいに、ぴょんぴょん飛んでいきます。
パチンコの玉が素粒子で、パチンコ台の釘が素領域です。
そして、その釘の分布具合を表しているのが、波動関数です。
ですから、波動関数、つまり釘の分布が分かれば、たとえば上から電子が落ちて来た時に、それがここで釘に当たって最終的にこの辺りに来るな、というような事がわかる訳です。
そういう電子の動きは、実際に実験を行って、理論と結果がぴったり合う事が確かめられています。この実験は、日本が一番得意です。もう亡くなられましたが、日立製作所の外村(とのむら)先生という方が、そういう電子の動きを観察するための見事な方法を開発されて、世界で初めて、電子の分布を写真で撮る事に成功しました。
それから、電子の次は光です。
先ほど話したように、光は実際は直進しているのではありません。
光子(こうし)という素粒子が、素領域から素領域へと、右に左にボコボコ進んでいます。その様子もやはり、撮影出来ています。
これは浜松ホトニクスという会社で、あのカミオカンデの大きな光電管を作った会社です。
しかもあの…、東大の小柴先生に無理やり作らされたんですね。(笑)
僕、浜松ホトニクスの社長さんと、一度お会いしたことがあるんですが。小柴先生のことを、東大の声の大きい先生が来て、脅されて作ったんだと言って、笑ってました。
でも結果的に、ちゃんとノーベル賞が取れて、今度はもっと大きいスーパーカミオカンデを作ることになって、会社は潤ったんですね。
小柴先生がノーベル賞を受賞された時、僕もご自宅に挨拶に伺ったんです。ちょうど先生は、燕尾服の採寸をされているところでした。で、書斎に通されて先生を待っていたら、書斎の上に飾ってある写真が目に入りました。
小柴先生が、なんとアメリカ海軍の軍服を着ている写真があったんです。
「先生、これは何の写真ですか?」と聞きましたら、
先生は一時期、宇宙線の研究をしていらしたんですね。
宇宙線というのは、宇宙から飛来する放射線のことです。その研究のために、観測装置を気球につけて、太平洋の上空に飛ばして、それを回収して調べるんです。
それで、気球を飛ばしたり回収したりするのは太平洋の上になるので、小柴先生は、それをアメリカ海軍に頼んだんです。
アメリカ海軍は、なんと小柴先生の研究ために原子力空母を1隻出して、協力してくれたんですよ。すごいでしょ。
ところが、アメリカ海軍の原子力空母に、民間人は乗せられないんです。
それで苦肉の策として、小柴先生を臨時にアメリカ海軍の将校にして、空母に乗せたというんです。その時の記念写真だよ、と教えてくれました。
いや先生、すごい愉快な研究人生ですねえ、と僕が言ったら、バカモン、俺は真面目に研究やってるんだ、と笑っていましたが。
とても面白い先生です。
ご自分のお考えをはっきりと言う方なので、ノーベル賞を取った後も、国の委員とか、そういう偉いポジションにはお声が掛からないんです。(笑)
益川(ますかわ)さんもそうです。
小林・益川理論でノーベル賞を受賞された、益川先生です。すごく面白い先輩で。
益川先生も、もし政府が「右」と言ったら、絶対に「左」、と言うタイプだと思います。小柴先生と同じで。(笑)
益川先生は、本当に良い先生でね。
益川先生がノーベル賞を受賞される前の年に、僕は益川先生を岡山に呼んで、講演をお願いしたんです。若い高校生たちに向けた、物理学の講演です。
その会場でね、質問タイムがありました。
誰か益川先生に質問がありますか?と聞いたら、誰も手を挙げなかったんですね。
やっぱり、みんな遠慮して。
そしたら益川先生がね、高校生たちに向かって自分から質問をしたいと言って。
壇上から、こう問いかけたんです。
「君たち高校生が、今一番しなきゃいけない事は何だと思う?」
僕は司会をやっていたから、何人か生徒をあてて、答えて貰いました。
そしたら、
「やっぱり勉強だと思います」と言う人もいれば、
「スポーツを頑張りたいと思います」なんて子もいました。
まあ、みんな真面目に、普通の答えをするんです。
そしたら益川先生がね、「バカモーン!」と仰る。
何を言うのかと思ったら、
「今の、16、17歳の君たちが一番しなきゃいけないのは、恋愛だろう!」
と言うんですね。
司会の僕はもう、しばらく開いた口が塞がりませんでしたよ。
いやあ、良い先生です。本当に痛快無比、みんなを愉快に沸かして下さいます。
もし皆さん、誰かノーベル賞級の物理学者を講演に呼びたいという方がいらっしゃいましたら、ぜひ益川先生か、小柴先生を呼ぶと良いと思います。
また話が脱線しますけどね。
なぜか、私が岡山の講演会にお呼びした先生は、必ず翌年にノーベル賞を取るんです。小林さんも益川さんもそうでした。小柴先生もそうです。
これがジンクスになりまして、みんな僕に呼ばれたいと、そんな声も出るようになりました(笑)。でも今はもう、その講演会も無くなってしまったので、そういう機会はありませんが。
さてそれで、話を元に戻しますと。
このように、日本の実験技術って、とても高いんです。日立製作所や浜松ホトニクスのように、電子なら電子一個、光なら光子一個のレベルで、その動きを調べる事ができるんですね。だから、先ほどのシュレーディンガー方程式の計算で出てくる電子の動きと、実際の電子の動きを比べて、合っているかどうか確認できるんです。
それでね、ここからが今日の本番です。