ぼっこメモ

メモですから、ほんと。メモです。

福島 ぬる湯温泉 旅館二階堂(1日目)カマドウマと猫たちの襲来

 

 部屋に戻ってタオルを干すと、布団を敷いて、ゴロンと横になりました。
 夕食まで、まだ1時間ほどあります。ゆっくりと休むことにしましょう。
 だんだん、湯治らしい気分になってきました。

 うとうとしていたら、あっという間に18時になったようです。
 廊下でパタパタとスリッパの音がして、「ご飯ができました」と女将さんの声がしました。 
 はーいと答えて、食堂へ向かいます。

 ガラガラと食堂の扉を開けると、入り口のところでファンヒーターが焚かれていました。
 なるほど、確かに少し冷えてるもんなあ、と思います。
 
 テーブルごとに食事が用意され、名前が書かれた紙が置かれていました。
 自分のところに座ります。

 私の他に、お客さんはもう一人。先ほど、一緒に温泉につかっていた若い男性です。
 どうやらこの方も一人客のようです。
 つるんとした感じの顔立ちで、中学の時に部活で一緒だったカトウくんに雰囲気が似ています。
 心の中で、カトウくんと名前をつけました。

 奥から女将さんが現れて、「何かお飲物を用意しますか?」と聞かれまして。
 とりあえず今日はアルコールなしでいいやと思い、いえ結構です、と答えました。

 そして、これが夕食です。おいしそう!

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 本当に、美味しかったです。
 川魚の味噌焼きも、煮物も、みんなシンプルで素朴な味わいなのですが。
 ご飯が止まらなくなってしまいました。

 テーブルの小さなおひつに、お茶碗3杯分くらいのご飯が入っていたのですが。
 あっという間に平らげてしまい、おかわりしました。

 

 さて、お腹もいっぱいになりました。
 そのまま部屋へ戻るのも、なんだか味気ない気がします。
 ちょっと外を散歩してみます。

 まだ18時半くらいかな、外は明るいです。
 緑に囲まれた道をゆるゆると歩き、夕暮れ間近の穏やかな空気を深呼吸します。
 坂を少し下り、沢の音がさらさらと聞こえるあたりまで歩きました。
 だんだん坂がきつくなるので、これより先まで行くと、戻るのが大変そうです。
 回れ右して、旅館へと戻りましょう。

 すると、向こうから黒猫がやってきました。

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 この黒猫も散歩でしょうか。
 ずいぶん人懐っこい猫で、ゴロゴロ言いながら寄ってきます。

 しゃがみこんで撫でてやると、しきりに体を擦り付けて、私の周りをぐるぐると回ります。
 遊びたいのかな、と思いながら、頭や尻尾を撫でてやります。
 よーし、よーし。
 なんだか一昔前の、ムツゴロウさんのような気分です。

 黒猫はひとしきり甘えた後、草むらへ入って行きました。

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 可愛い猫だったなーと思いながら立ち上がり、ふと足元を見ると、
 黒い猫の毛がズボンにびっしり付いています。
 
 ありゃ、やられた。

 苦笑いしながら、ぱっぱと毛を払いましたが、これがなかなか落ちません。
 まあいいや、と諦めました。

 

 部屋に戻ると、けっこう体が冷えていることに気づきました。
 やはりここは、福島の山の中。以外と外は寒かったようです。

 こたつのスイッチを入れ、入ってみました。
 こたつに入るのなんて、何年ぶりでしょうか。
 考えてみても、思い出せないほど前です。
 ひょっとしたら、学生の時以来かもしれません。

 うーん、あったかい。
 やっぱり、こたつはいいなあ。
 テレビをつけ、地元のローカルニュースを聞くともなく聞きながら、ごろんと横になります。

 畳の部屋に、暖かいこたつ。
 天井の木目の模様。

 なんだか、小さい頃に家族で行った、祖父母の家を思い出します。
 ゆるやかで、リラックスできて。
 やっぱり日本人はこうじゃなくちゃ、なんて思います。

 

 やがてテレビでは、7時のニュースが始まりました。
 なんと東京では、山手線が何時間も止まったままで、大騒ぎになっているようです。
 へえ〜と思い、体を起こしてニュースを見ます。

 混乱した駅の様子、街行く人々のインタビュー。
 こりゃーえらいこっちゃあ、という感じですが。
 でもこうして、福島の山の中で、こたつに入って見ていると、
 あまりにも遠く離れた世界の出来事です。
 不思議な感じがしました。

 ニュースが終わり、動物番組が始まりました。
 さて、それではもう一度、温泉に入るとしましょう。

 せっかくなので、浴衣に着替えてみます。
 やっぱり温泉は浴衣ですね。非日常な感じが、グッと強まります。
 それでは、再び温泉へと向かいましょう。

 

 部屋を出て渡り廊下をパタパタと歩きます。

 浴室の扉をがらがらと開けると、温泉にはカトウくんがいました。
 首までどっぷりとぬる湯に浸かり、じっと目を閉じています。

 私も同じようにお湯に入り、目を閉じてみました。
 ざばざばと流れる湯の音に耳をすませ、ぬる湯の温かみを感じます。

 もう外は薄暗くなってきました。
 窓の向こうの緑も、昼間の鮮やかさはなく、落ち着いた感じです。
 割とすぐに体が冷えてきたので、沸し湯に移って体を温め、またぬる湯へ。
 それを何度も繰り返しました。

 しかしカトウくんは動きません。ぬる湯のままです。
 じっと目を閉じ、時々湯の中で体を伸ばしたりしながら、ずっとぬる湯に浸かっています。
 これは、かなりの達人に違いないと思いました。

 「ずいぶん長いこと、ぬる湯に入ってますね。体が冷えませんか?」
 そう話しかけてみようかな、とも思ったのですが。
 でもカトウくんは、とても落ち着いた感じで、じっと目を閉じています。
 邪魔をするのも悪いような気がして、結局、話しかけるのはやめました。

 私は1時間ほどで上がりましたが、まだカトウくんはぬる湯のままでした。
 やはり達人です。

 

 部屋に戻ると、こたつテーブルの上を、虫がぴょんぴょんと飛んでいました。
 大きなコオロギ?と思いましたが、コオロギでもないようです。
 とりあえず写真を撮って、後で調べたらカマドウマでした。

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 寝ている間に踏み潰したりすると困るので、捕まえて窓から外へ出しました。
 ぴょんぴょん元気に飛び跳ねるので、なかなか大変でしたが。

 この旅館は山の中にあるので、虫は仕方ありません。
 そういえば部屋に案内された時、女将さんから、
 「窓を開けると虫が入ってきますから、気をつけてくださいね」
 と言われました。

 でも別に、窓を開けてなくても、ちょっとした隙間から虫が入ってくるようです。
 まあ、古い建物ですからね。それもこの旅館の「味」でしょう。
 だから小さなお子さんがいる方は、ご家族で来るといいと思います。
 子供に、自然との触れ合いをさせることができる旅館です。

 

 さて、カマドウマを逃すと、再びこたつに入ってテレビをつけました。
 なんと、山手線はまだ動いていないようです。本当にえらいこっちゃあ、です。
 でも私は福島の山の中にいて、湯上りで、こたつに入ってその様子を見ています。
 いよいよ不思議な感じです。

 

 そんな感じでぼーっとしているうちに10時が過ぎ、

 ニュース番組を見るともなく見ているうちに、だんだん眠くなってきました。

 そろそろ寝ようかな。その前に歯を磨かなくては。
 そんなことを思っていると、廊下で猫の鳴き声がしました。
 ニャーオ、ニャーオ、と何かを呼んでいるようです。

 ああ、猫が鳴いてるなあ。
 そう思っているうちに、声はだんだん大きく、近づいてきまして。

 そしてとうとう、部屋の前まで来ました。
 戸のすぐ向こうで、ニャーと声がします。

 さっきの黒猫かな?
 そう思いながらこたつから出て、すーっと引き戸を開けると、
 そこにいたのは茶トラの猫でした。黒猫よりも、ひとまわり小柄です。

 茶トラは、開けた戸の隙間からするりと部屋の中に入ってきました。
 そして周りを見回して、ニャーと鳴きました。
 思いがけないお客様、突然の訪問です。

 こたつに入りたいのかな。
 そう思って、こたつ布団を持ち上げてみると、茶トラは迷うことなく、するすると中に入って行きました。とても自然な感じです。

 こうして思いがけず、猫と一緒にこたつに入ることになりました。

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 こたつ猫。
 それはきっと、日本の象徴のようなものではないでしょうか。
 世界は広く、色んな国に色んな猫がいるわけですが。
 こたつに入っている猫ほど日本的で、平和で、穏やかなものはない。
 そう思うのです。

 せっかくなので、歯を磨くのは後にして、もう少しテレビでも見ていましょう。
 なんとも幸せな時間です。

 猫と一緒にこたつに入るなんて。いつぶりのことやら。
 これはもう、小学生以来の出来事です。

 しみじみと昔のことを思い出していると、また廊下で猫の声がしました。
 ニャーオ、ニャーオと鳴いています。

 あれれ、どうしたんだろう。
 再びこたつを出て、部屋の引き戸をすーっと開けると、
 まるでそれを待っていたかのように、今度は黒猫が入ってきました。
 夕暮れの草むらで遊んでいた、あの黒猫です。

 またまた、思いがけないお客様です。

 クロはこたつの周りをぐるりと一周すると、ニャーと鳴きました。
 君もこたつに入るかい?
 こたつ布団を持ち上げてみます。

 クロはこたつ布団に顔を突っ込んで、中を覗き込みました。
 そのまま、じーっと動きません。

 中には先客の茶トラがいます。
 なにか茶トラと話でもしているのでしょうか。

 「ちわ、おいらも入っていいっすか?」
 そんな会話をしているのかもしれません。
 茶トラとクロの関係は、どんなものなのでしょう。
 私には想像もつきません。

 こたつ布団に頭を突っ込んで、じーっとしていたクロは、
 結局こたつに入りませんでした。
 茶トラに遠慮しているのでしょうか。

 まあいいや、よしよし。
 私がこたつに入ると、クロは体をすり寄せて、膝の上に乗りました。
 こたつの中に茶トラ、膝の上にはクロ。
 豪華な取り合わせです。  

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 さて、どうしたものか。
 もう寝ようとしていたのに、動けなくなってしまいました。
 クロは膝の上でゴロゴロと喉を鳴らせています。

 なんとなく困ったなーと思いながら、よーしよーし、と撫でていると、
 やがてクロは気が済んだようで。膝から降りてくれました。
 トコトコと、引き戸へ向かいます。

 おお、お帰りですか。
 戸を開けると、クロはニャーと鳴きながら、廊下へ出て行きました。
 どこかまた散歩に行くのでしょう。

 やれやれ。
 それでは、私ももう寝ることにしましょう。

 

 歯ブラシを持って部屋を出ると、共同の洗面所で歯を磨きます。
 シャコシャコ。
 なんだか学生時代の、合宿所みたいな感じです。

 壁にかかった鏡で左目を見ると、まだしっかり充血していました。
 大丈夫かな、一晩寝れば治るかな。

 口をすすぎ、長い廊下をパタパタと歩いて、部屋に戻ります。
 長い一日でしたが、ようやく終わりです。さあ寝るぞ。

 

 しかし、こたつの中にいる茶トラはどうしましょう。
 うーん、こたつから追い出すのも可哀想です。
 このまま朝までずっと、こたつにいるのかな。
 でもそしたら、中でオシッコとかしちゃうんじゃないだろうか。

 どうするべきか、しばらく考えましたが、正解がわからず。
 まあいいや、と思い、とりあえずこたつのスイッチは入れたまま、
 部屋の灯りを消して、私は布団に入りました。
 おやすみなさい。

 

 そうして、うとうと、うとうと。
 こたつの茶トラをなんとなく気にしながら、
 それでもようやく、浅い眠りについたかなーという感じの時に、
 ニャーオ、ニャーオ、と猫の鳴き声がしました。

 おぼろげな意識の中で、ふと目をやると。
 茶トラが部屋の引き戸を、カリカリと引っ掻いている姿が目に入りました。
 部屋から出たがっているようです。

 おお、よしよし、出て行くか。
 私は半分寝ぼけた感じで起き上がり、戸を開けました。
 茶トラは、すっと廊下へ出て行きます。

 ああ、よかった。
 これで気兼ねなく寝れます。

 私はこたつのスイッチを切り、再び布団にもぐりこみました。
 あー、やれやれ、です。
 今度こそ、おやすみなさい。

 

 そうして今度はぐっすりと、深い眠りに落ちていった。
 筈だったのですが。

 しばらくすると、まどろみの中、また猫の鳴き声がします。

 初めは夢かと思ったのですが。
 どうもまた、廊下で猫が鳴いているようです。

 私は再び起き上がり、引き戸を開けました。
 待ち構えていたように、茶トラが入ってきます。

 ありゃ、お前、戻ってきちゃったのかい。
 またこたつに入るのかい?

 こたつ布団を持ち上げてみると、するすると中に入っていきます。
 完全に元に戻ってしまいました。やれやれ、です。

 

 こたつのスイッチを入れて、私は自分の布団に戻りました。
 さて、どうしましょう。

 このまま寝たら、また後で、茶トラは部屋を出ようとして戸をカリカリするかもしれません。私は、また起こされてしまうことになります。
 うーん、どうしよう。

 しばらく考えた末、部屋の引き戸を少し開けておくことにしました。
 茶トラが出たくなったら、いつでも出ていけるように。

 また戻りたかったら、いつでも戻れるように。
 もうここは、バリアフリーにしましょう。お猫様ファーストです。
 そう思い、引き戸を10センチほど開けました。

 ちなみに、この旅館には、部屋の鍵というものがありません。

 だから、鍵をどうしようか、なんていう心配は、無用です。

 もともと無いのですから。
 きっと日本の旅館って、昔はみんなそうだったんでしょうね。

 

 さて、これでいいでしょう。
 もう茶トラのことは気にせず、ぐっすり寝れるぞ。
 そう思って、再び布団にもぐり込みました。

 

 そうして今度こそ、ようやく深い眠りについた。
 と思いきや。

 やはりなんとなく、茶トラのことが気になっていたんでしょうね。
 少し後で、何か気配を感じて、目が覚めました。

 布団に入ったまま、横に目をやると、豆電球を灯した明かりの中で、
 こたつから出た茶トラが、引き戸の隙間から廊下へ出ていく姿が見えました。

 ああ、やっぱり出て行った。戸を開けといてよかったな。
 おぼろげな意識の中でそう思い、また眠りに落ちたのでした。

 これで、第1日目の終了です。